2019年10月06日

戊辰戦争終結150周年函館旅行その3

間がかなり空きましたが(^^;)、函館旅行記2日目のレポ開始です。
最初に向かったのは五稜郭
なんと、1日目は五稜郭タワーと売店に時間を使い過ぎて、本丸の五稜郭にたどりつけなかったんですね(笑)。
どんだけ!!
とはいえ、朝ごはんは五稜郭タワーのアトリウムで、土方さんの銅像を見上げながらいただきました。
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ちなみに3日目も同じことしていますちっ(怒った顔)
函館における聖地ぴかぴか(新しい)です。

五稜郭に向かう道には、箱館戦争供養塔がありました。
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こちらは旧幕府軍明治新政府軍双方の戦没者を悼むもので、毎年箱館戦争終結の日(=土方さんの命日)である5月11日に法要が行われているそうです。
どちらかの軍の犠牲者を悼む碑はほかにもありますが、合同の碑はここくらいなのかな?

そういえば一日目のレポで書き忘れましたが、函館では今年いっぱい「戊辰戦争終結150周年記念モバイルスタンプラリー」というのが行われていまして、戊辰戦争ゆかりの地にこういう(↓)モニュメントが立てられています。
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スポットや人物の説明の下にQRコードが記されている(↓)ので、これをスマートフォンで読み込んでスタンプをゲットするのです。
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五稜郭箱館戦争の中心地でもあるので、城内にモニュメントがたくさん立っていました。
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写真がある時代って、こういうものを作りやすくていいですね(^^;)。

五稜郭タワー(↓)を横目に見つつ、いよいよ城内へ。
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なかなか雰囲気のあるエントランスです。
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箱館奉行所の看板が掲げられていました。
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入ってすぐの場所にあるのが門番所跡(↓)です。
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石垣の上部にあるのは「刎ね出し(武者返し)
そういえば、日本がボルダリングに強いのは忍者の子孫だから、と海外で噂されているとか??

2010年に、140年ぶりに再建された箱館奉行所
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私が住んでいたころには当然影も形もなくて、城内には小さい博物館があるだけでした。
こんなに立派になっちゃって……!!ぴかぴか(新しい)
再建された建物なので、写真撮影は自由です。
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↑玄関から入った使者之間に掛けられた榎本武揚さんの書(複製)。
右の「入室m清風(にゅうしつ しょ せいふう)は、榎本さん土方さん「部屋に入ってくると清らかな風が流れるような爽やかな人物だった」と評した言葉として有名ですね。
オリジナルは日野の土方歳三資料館にあるはずです。
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いきなりお手洗いの写真ですみませんたらーっ(汗)
お風呂とかお手洗いとか、漫画や小説を書く際には資料がなくて苦労するので、つい写しちゃうんですよね。
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(↑)畳廊下はお高い旅館でしか見たことないですが、さすが奉行所。
まあ、函館寒いからなあ。
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四之間参之間弐之間と徐々に格が高くなって、建物内で最も格が高い壱之間(↓)に至ります。
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ガイドの方に、お奉行さまは奥から二枚目の畳の中央に、次に偉い人は三枚目の畳の右に、次に偉い人は左に座るんですよ〜と教えていただきました。
床の間の違い棚が豪華で大きくて美しくて、びっくり!
京都で仕上げて持ってきたものだそうです。
襖や畳の縁等は資料が残っていないため、あえて絵や柄は入れずに仕上げたそうです。
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表座敷。お奉行さまの執務室です。
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こちらの畳廊下(↑)は、欄間の細工が美しかった〜!
これも京都で作って運んできたんだったかな?
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中庭。正面の太鼓楼には残念ながら登れません。
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↑歴史発見ゾーンでは、天井の一部を開いて構造が見えるようにしています。
元の奉行所には会津から運ばれた建材が多く使われていたそうで、再建時にも福島産の木材をたくさん使ったとのことでした。
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↑奉行所の全体図。グレーの部分が再建されたエリアで、実際には黄色の部分まである大きな建物でした。
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↑お庭のほうに、黄色の部分にあたる部屋の区切りのラインが引かれていました。
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歴史発見ゾーンには、↑こういう展示に加えて面白い趣向がありました。
↓主要人物の顔が付いた樹脂の柱を所定の場所に置くと、その人物やゆかりの場所に関する情報がモニターに映し出されるのです。
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いろいろな人を置いてみましたが、やっぱり土方さんでしょう! ということでパチリ(笑)。
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奉行所内の装飾の中で特に目を引いた釘隠し
部屋の格によって、使われている釘隠しが異なるそうです。
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ということで、たっぷり堪能させていただきました、箱館奉行所
たった7年間しか存在しなかった江戸時代末期の建物を蘇らせる努力、多くの技術が失われようとしている厳しい現実等、いろいろと考えさせられることもありました。
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箱館戦争で実際に使用された大砲↑。
箱館奉行所は当初、もっと海の近くにありましたが、異国船からの艦砲射撃を避けるために現在の五稜郭の位置に移されたそうです。
しかし箱館戦争時には、技術の進歩で新政府軍の艦砲射撃は五稜郭まで届くようになっていました。
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中学生の頃は、どんな出来事があった場所かほとんど知らずに遊びに来ていた五稜郭
今、あらためて見渡すと、新たな感慨が生まれます。

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城内にある、五稜郭を設計した武田斐三郎の顕彰碑(↑)。
顔の部分だけ触られてピカピカになっていますが、実はこの碑の背後の塚に、土方さんが埋葬されているのではないかと言われています。
旧幕府軍が、新政府軍に掘り返されるのを恐れて埋葬地を隠したため、日野石田寺の墓所には函館の土だけが納められているそうですが、この地から函館を見守っていてくださるのならうれしいですね。

さて、五稜郭だけで相当長くなってしまったので、続きはまた次回。
レポ書いているとまた行きたくなりますね〜。

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posted by 管理人 at 15:01| 萌え旅行