2019年10月12日

戊辰戦争終結150周年函館旅行その4

五稜郭を出てからたどったのはこの道。
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土方さんが最期に駆け抜けたと言われる五稜郭から一本木関門に至る道です。
くーさんのご希望もあって、市電やバスは使わずにしっかり歩きます(ちなみにこの日は3万2000歩近く歩きました(^^;))。

途中の中島町に、「中島三郎助父子最後の地」碑があります。
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現在は市民プールや野球場がある憩いの場、千代台にあった千代ヶ岡陣屋を守って、二人の息子と共に壮絶な最期を遂げた中島三郎助の慰霊碑で、中島町は彼にちなんで名づけられたそうです(知らなかった)。
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ちなみに、三郎助は享年49歳、二人の息子は22歳と19歳でした。

ここでちょっと寄り道して、亀田八幡宮へ。
こちらは土方さんの死後、旧幕府軍が降伏を誓約した場所として知られています(5月17日)。
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かつての社殿(↓)(現在は神輿殿)の前には、新政府軍の黒田清隆のモニュメントがありました。
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モニュメントの背面には、この前で撮られたという写真も。
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私たちは見つけられなかったのですが、社殿には箱館戦争当時の弾痕も残っているそうです。
現在の社殿はこちら(↓)。
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そばには、黒田参謀の命を受けて旧幕府軍に降伏を勧めた薩摩藩士、村橋直衛のモニュメントがありました。
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この人は、いったん鹿児島に戻った後、北海道開拓使に出仕し、日本初の低温発酵ビールを製造した「開拓使麦酒醸造所」設立に携わったそうです。
現在のサッポロビールの前身ですね。


ここから律義にさっき曲がった場所まで戻り(くーさんのこだわり)、再び「土方さんが駆け抜けた道」をたどること十数分。
ついにこちらに着きました。
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「土方歳三最期の地」
5月11日、新政府軍に包囲された弁天台場を奪還するため、五稜郭を出て一本木関門周辺で指揮を執っているときに、腹部に銃弾を受けて絶命したと言われています。
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石碑の横には、一本木関門が復元されていました。
周辺は緑滴る美しい公園になっていてうれしかったです。
どうか安らかに……。
でも、心はいつでも多摩に戻ってきてくださいね。


さて、ようやくランチの時間です。
市電に乗って、この後も何度も足を運ぶことになる十字街へ。
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旧丸井今井百貨店。現在は函館市地域交流まちづくりセンターとなっています。
昔はこの一帯が官公庁街だったそうで、当時の古い建物がさまざまな観光施設に転用され、異国情緒あふれるクラシックな街並みを形作っています。
その中に建つのがこちらのレストラン、五島軒本店
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函館でごちそうを食べるとなるとやはり五島軒さんですね〜。
小学校時代、お友達のピアノの発表会の後に、彼女のお母様に連れて行っていただいた記憶があります(多分家族で行ったことはない?)
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ランチ時間ぎりぎりに入ったので、店内は結構空いていました。
すみません、こんなタイミングで…(^^;)。
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明治の洋食 & カレーセット
カレーが食べたい私と、洋食が食べたいくーさんにぴったりのセットでした!(笑)
やっぱりカレーがおいしいんですよ〜!
レトルトなら通販でも買えるので、今度取り寄せてみようかな。


再び市電に乗って、終点の函館どつく前へ。
ここには、土方さんが救援に向かおうとした旧幕府軍の拠点、弁天台場がありました。
新選組を中心とした旧幕府軍はここで降伏したため、こういう碑(↓)が置かれています。
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そばに立つモニュメントには、箱館奉行・永井玄蕃(↓)とともに
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永井の補佐役、川村録四郎と、新選組島田魁(↓)の写真が載っていました。
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すぐそばには厳島神社(↓)があり、ここの古名「弁天社」弁天台場の名前の元になっているようです。
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続いて訪ねたのはこちら(↓)称名寺
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現在の場所に移転する前、新選組の屯所が置かれた縁で、境内に土方さんの供養碑(↓)があります。
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ほかに、巨額の財を築き、箱館の発展に貢献した豪商・高田屋嘉兵衛の顕彰碑もありました。

次に、閉館時間が迫ってきた市立博物館に急ぎます。
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函館山を望む函館公園
昔、ここにお花見に来たなあ〜(函館の桜はゴールデンウイークごろに咲きます)。
ここには、日本最古の観覧車(↓)があるんです。
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公園を奥に進むと、市立函館博物館(↓)に到着。
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お目当てはこちらの展示(↓)です。
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箱館戦争の推移を描いた当時の絵や、旧幕府軍新政府軍双方の人々が残した書、戦争中に身に着けていた武器や戦装束など、貴重な資料の数々を見ることができました。


この日最後に向かったのは、函館山のふもとにあるこの場所。
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かなり険しい細い道を登っていきます。
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到着!!
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箱館戦争での旧幕府軍の戦没者(約800名)を供養するため建立された碧血碑です。
「義に殉じた武士の血は三年たつと碧色になる」という中国の故事にちなんで名付けられたそうです。
戦争終結後、新政府軍旧幕府軍の戦死者の埋葬を許しませんでしたが、その惨状を見かねたのが、侠客の柳川熊吉(↓)でした(碧血碑の横に碑が立てられています)。
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彼は市内に放置された遺体の回収に尽力し、複数の寺に仮埋葬した後、この土地に改葬したそうです。
本当にありがとうございます。
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碑の下のモニュメントには、榎本武揚(↑)の写真が掲げられていました。
碧血碑の建設地は当初、実行寺が開拓使支庁から払い下げを受けていましたが、これを榎本が買い取り、後に函館市に寄贈したそうです。
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碧血碑のある山麓から見た風景(↑)。
土方さんファンなら絶対に足を運びたいスポットですが、夏場は蚊がものすごい勢いで襲ってきます。
虫よけスプレー必携ですので、ご注意ください!


ということで、本日のノルマは終了。
いや〜、歩いた歩いた。
海辺で夕焼けを見たいということで、大森浜のほうに足を運びました(まだ歩く)。
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やっぱり美しいですね……。
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夜は十字街に戻って、赤レンガ倉庫街で食事をしました。
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こちらはきらびやかで楽しくおしゃれなエリアです。
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洋食からお寿司、ラーメンと選択肢はたくさんあったのですが、一番函館らしいかな、とこちらにしてみました。
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ホタテとウニとイクラの巴丼
は函館市の市章ですから、すごくご当地っぽいでしょう?
ホテルの部屋に帰ってからは、昨日五稜郭タワーで買ったこちら(↓)で乾杯しました。
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本当に充実した一日でした。
最終日のレポも頑張るぞ〜〜っ!!

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posted by 管理人 at 22:41| 萌え旅行